犬に論語

道理を説き聞かせても益のないことのたとえ。
同様の諺で、フランスに「ロバにシャンソン」というものがあるそうですが、本当でしょうか。
フランス人の方、教えてください。
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いきなり去年のこと

2011年
【1月】
ハロプロ@中野 昼夜
ヤン富田@大阪
【2月】
ヤン富田@横浜 昼夜
【4月】
岩崎宏美@富山
遠藤ミチロウ@金沢
娘。@滋賀 昼夜
℃スマ@大阪 昼夜
【5月】
℃@中野
細野晴臣@日比谷公会堂
ベリ@中野 昼夜
娘。イベ@名古屋
娘。@福井 昼夜
℃@新潟
「らん」@東京
ROVO@野音
【6月】
℃@大阪 昼夜
娘。@刈谷 昼夜
「Springfields '11」@野音
【7月】
ハロプロ@大阪 昼夜
【9月】
娘。@名古屋 昼夜
℃@横浜 昼夜
娘。@福井 昼夜
娘。@武道館×2
【10月】
ヤン富田@福岡
【11月】
デモ@渋谷・原宿
ROVO×SYSTEM 7@渋谷
ベリキュー@中野 昼夜
舞美イベ@東京
【12月】
デモ@渋谷・原宿
「真田十勇士」@東京
ヤン富田@横浜 昼夜
山下達郎@新潟
TDV@帝劇×3
「1974」@東京
℃@横浜
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安全と安心 平和で仲良し 2011年12月大晦日

まったく年の瀬感を感じないまま、もうすぐ年を越してしまう。
だもんだから年末によくやるようなことはほとんどしなかった。
大掃除とか。
いつも通りのスケジュールでいつも通りの掃除をして
選択をして、なんかボンヤリして。
こんなことじゃ歳神様はやって来ないのかな。

実際に年を越してみないと分からないけど、
新年を迎えることによる「リセット感」があまり感じないような気がする。
年越しが単なる通過点にしか感じられない。

いまこれを書いている時点では、
テレビもラジオも付けてない。
何時なのか何日なのかここが何処なのか、なんだかどうでもいい。
一人で過ごす大晦日はそろそろマズイのかな。

なんだかよくわからない。

休みが明けたらすぐにタイトなスケジュールの仕事が入っているが、
考えずに感じずに適度にこなせて締切に間に合えすればそれでいい。
仕事って言ったって突き詰めれば簡単な作業が連続して組み合わさっているだけなんだから。
スケジュールがタイトになったのは俺がハロコンに行くからで、
ゴチャゴチャ余計なことは考えない。

なんだかよくわからない。

来年は今年の延長線上でバージョンアップさせただけの年だろう。
でもそれがすごい転換点なのかもしれない。
良いことなの悪いことなのか。

歴史を勉強しよう。

過去の思想家の本を読もう。

詩を読もう。

テレビやラジオを付けないととても静かだ。
心地が良い。

ハロコン@中野、羽田@noon、インフルエンザで始まった今年の総括はいずれ。
飯の用意もできたし、紅白でも観るか。
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未だにこんな風にしか考えられない俺は、まったく成長していない悲しい人間なのかもしれない。

顧問をしていたからっていうわけじゃないけど、手塚治虫さんがなくなったときに近い感情をなぜか思い出している。
喪失感とか世間に対する違和感とか。

特別にファンだったわけでもないし、そもそも落語にはあまり縁がないのに。

一度だけ高座を観たことがある。
それまでテレビでもラジオで生でもまったく落語に触れたことがなかった田舎の高校生の俺にはピンと来なかった。
てゆうか、目の前で行われていることがなんなのか、よく理解できなかった。
それくらいの関係。

人それぞれだろうからなんとも言えないし、
いきなり生で観て落語に開眼する人もいるだろうが、
落語に関するそれなりの一般教養とか経験が必要なのかなって思った。
リテラシー。
それがいったいなんなのかはわからないけど。

見ないようにしているが、ザッピングしているとつい見てしまって。
主にワイドショーなんかは生前の「おもしろ破天荒」な言動ばかりを取り上げたりして、
それも含めて「芸」「作品」なのかもしれないけど、
「本業」のスゴさってものをまったく取り上げない。

「本業」がスゴイからスゴイ人なんでしょ。

もちろんそれはワイドショーの役目ではないし、ワイドショーには伝えられないことだろうし、時間が経てば他でちゃんとやるだろうし。
そんなものを期待してもしょうがない。
コメンテーターと呼ばれている人たちも仕事だからしょうがないんだろうけど、
よく知らないのに何かを言っているのを見ると「お前はだまってろ」って不愉快になったり。

こういうときにマスコミの軽薄さがよりあらわになる。
それはつまり見ている方も軽薄だということだ。

だったら見なきゃ良いのに。
成長していない。

しかも俺自身、別にファンでもなんでもないのに。

なんだろうね、この奇妙な感覚は。

俺が今、ハロプロを楽しむために使っているのと同じくらいの時間とおカネを落語に対して使うことが今後あるのかないのかわからないけど。
そんなの、人それぞれだから。

でもまあ、楽しみは多い方が良いね。
相互作用で今までの楽しみがより楽しめるようになるし。
てゆうか、いろんなことを楽しめるようになりたいね。
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・もうじき1980年がくる、というころ、ぼくは『TOKIO』という曲の作詞をした。

 それより、少し前から、ぼくは
 「東京には、なんでもあるんじゃないの?」
 というようなことを思っていた。
 ぼく個人の会社名も「東京糸井重里事務所」としていた。

 海の外を遠眼鏡で見て、憧れてばかりいるよりも、
 じぶんの立っている足の下の「東京」に、
 ほんとはなにもかもあると思おうとしていた。
 
 それは、やがて、ほんとうになった。
 卑屈に上目遣いで生きているよりも、
 じぶんのいまいる場所には「なんでもある」と
 思っていたほうが、活気もでる。
 「東京」ということばは、
 日本の「地方」に対する「東京」の意味だけでなく、
 「世界」を相手にした「東京」の意味を持った。

 なんだかとにかくアメリカが一番で、
 「日本」は二番らしいぞ、という時代が続き、
 「東京」はなんだかいい気になっていたかもしれない。
 1980年に『TOKIO』が街に流れてから、三十年も過ぎ、
 「東京」はそのころのままじゃなくなっている。
 それも当たり前のことだろう、
 企業だって三十年もつだけでたいしたものだ。
 ぼくは、その「東京」の内部にいたせいで、
 変化を見つけにくかったような気がする。
 
 意識的に海外に目や足を向けるようにして、
 「東京がすべて」じゃない育ち方をした人たちに会い、
 三月に被災した東北地方のリーダーたちと、
 さまざまなことを話し合う‥‥ことが多くなった。
 それをくりかえしているうちに、
 このごろ、つくづく(痛いほど)思うようになった。
 「東京でないところ」に、すばらしいものが
 次々に生まれていた‥‥東京はうっかりしている。
 これは、どちらにとっても「のびしろ」である!
 ぼくは「東京」を大好きなままで、
 「東京」が変わっていくように動こうと思う。


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甘酸っぱい春にサクラサク




泣かないってずっと決めていた
だけど溢れだす思い出達
辞めたくなった日もあったはずなのに
なぜだろ 愛しくて寂しい

一人ぼっちのお昼ごはん
仲良しグループでお勉強
いろんな記憶が心を巡るわ
感謝の気持ちってこういう感じ?!

明日からは何をすれば
褒められるのかな
こんな私でも羽ばたけるのかな

甘酸っぱい春にサクラサク
思い切りはしゃいだ
思い切り悩んだりした
甘酸っぱい春にナミダサク
思い切り勉強もしたけれど
本当に大切な学びは
誰かに教わったものじゃない
経験が教えてくれたよ

夢だけは大きく持ってた
いつの間にか小さくなってたな
自分のスケールを決めつけたりして
無難な道を歩いてた

本気の悩みを真剣に
聞いてくれるアイツが引っ越した
この世の終わりが来た気がしたっけ
それでも今も本物のマイフレンド

父や母の時代と
何が違うのかな
どんな羽で飛んでゆくのかな

甘酸っぱい春にサクラサク
友達も大切
思い出達も大切
甘酸っぱい春にユメヒカル
ケンカしてもアイツが大切
本当に大切な時間は
当たり前のように過ごす時間
学校も教室も サヨナラ

甘酸っぱい春にサクラサク
友達も大切
思い出達も大切
甘酸っぱい春にユメヒカル
ケンカしてもアイツが大切
本当に大切な時間は
当たり前のように過ごす時間
学校も教室も サヨナラ

毎日をいっぱい ありがとう
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センチメンタル、シティ、ロマンス。

楽しいことは、なんてつまらないことなんだろう。

たまたま同じ学区に住んでいて、
たまたま同じ年齢だからという理由だけで、
同じ施設(小学校)に通わされて、
理由が公表されない、教員によるクラス分けによって出会ったというだけの関係。
個人の意思による共通する何かで出会ったわけじゃない。
そこが大学や会社などとは違うところ。

結局、朝の4時くらいまで呑んで解散したけど、
俺の体力的には珍しくまだまだイケそうだったので、
けっこう楽しかったんだと思う。
ああいう催し自体が俺にとっては珍しいことだったてのもあるし。

だけどね、このまま時間が止まればいいのにとか、
また会いたいとか、このメンバーでまた集いたいとまでは思わなかった。
呼ばれれば行くかもしれないけど、何回かやるうちに絶対に飽きる。
今回も次のステップにつながるような何かが生まれたわけじゃないし。
俺はそもそもそんなつもりはないし。

主催者の意図とか関係なく、
とにかくその時その場が楽しければ良かった。
せっかく四半世紀ぶりに会うんだから
嫌な気分になりたくない、っていう素朴な理由。

最初は相手の仕事のこととか家族(結婚してるのかとか)のこととかを軽く確認して
その後は出来るだけ仕事の話はしないようにした。
仕事の話って盛り上がらないから。
ネタ的に言うのはアリだけど。
あと、とにかく褒める。嫌味にならない程度に。
お世辞だと分かっていても褒められれば嬉しいし、
そうすることで場の空気がポジティブな良い方向に流れて、
無理に褒めなくなっても自然と楽しい場になる。
高学歴の人間は、話の中にちょいちょい大学のことを挟み込もうとするが、
そういう場合はさりげなくそれを遮って違う話題にすりかえるようにした。
その集いには高卒も中卒も居たから。
大学が云々って言われても盛り上がりようがないから。

基本的には「あの人は今」から始まって、
「俺はあの頃、お前orあいつのことをこう思っていたんだぜ」という告白TIME。

そういう話を聞くと、俺の人生は小3くらいまでずっとピークだったんだなって思った。
リア充だった。
その後はなぜか、ずっと下り坂だ。
いまも下り続けている。
ライク・ア・ローリングストーン。
いまでも覚えているけど、
小4くらいから、学校ってものに対して急に違和感を感じ始めて、
なんでこいつらと毎日同じ場所で同じ時間を過ごさなきゃいけないんだろうって思うようになった。
周りの奴らを上に見るわけでもなく下に見るわけでもなく
なんとなく距離をとるようになっていた。
俺の性格の歪み、偏りがこの頃から始まった。
なぜそうなったのかは分からないのだけど、
自分の生活環境の変化で言えば、
専業主婦だった母親が働き始めたことくらいしか変化はない。

まあ、それはそれとして。

「あの人は今」話から、
保育園時代のみんなのアイドル的存在で俺も好きだった女の子が
スナックのママをやっているというので
じゃあ、いまから行こうぜってすぐにタクシーで行った。
この辺から記憶が曖昧。

好きだったからといっても、幼少期の記憶なんてそれこそ曖昧だから、
顔もなんとなくおぼろげにしか覚えていないし。
店に到着をして実際に対面しても、面影があるようなないような
どこにでもよくいるスナックのママだった。
メイクのせいもあるだろうけど。
でもやっぱり、年齢の割にはそこそこ可愛い方なんじゃないかと。

で、そのあと別に店に行って、朝の4時。

「数人」っていうのは辞書によると
「2、3か5、6ぐらいの人数。」ってことらしい。
これって4人は入るの?
まあ、そのくらいの人数だった。
スナックのママを除いて全員男。

もし全員女だったら「女子会」って言うんだろうね。

生まれ育った街で家業の飲食店を継いでいる奴は、
やっぱり地元の情報に詳しいね。



全然関係ないけど、
斉藤由貴って名曲が多いね。
どの盤を選べば良いのか迷う。
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 http://goo.gl/3TNJE

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・本を買って、ぱらぱらっと軽い通読だけして、そのままになるものがあります。

  そこから、読みはじめられるものもあります。
 やがて、「もう読まないだろう」となった本は、
 なんらかの方法で処分されます。
 残念だけれど、しょうがない。
 本がある「場所」のほうが、
 その本よりも「価値」があるということになれば、
 本と別れることになるのは、しかたのないことです。

 さらには、「読むかもしれない」という本ばかりが、
 どんどん積み重なっていくということは、
 どうにも、じぶん自身を苦しめることにもなります。
 その本を読むのか、読まないのか、
 誰が脅迫しているわけでもないのですけれどね。
  
 その本を手に入れようと決めたときには、
 「この本のおかげで新しいことを知れる」
 「この本が、じぶんをたのしませてくれる」
 「この本を読むことで、わたしはもっとよくなる」
 いろんな理由があって、その本を連れてきたのです。
 その時点では、本とじぶんは、なんらかの約束をした。
 その顔も見ないで放ったらかしておく‥‥なんてことは、
 想像してなかったはずなのです。
 
 でも、おそらく「よくばり過ぎ」だったんですよね。
 じぶんでは、なかなかそうは思いにくいのですが、
 何年に一度くらい「家人が業を煮やす」わけです。
 つきあいもしない恋人を幽閉しておくのは、やめて、と。
 その通りだと、思いますともさ。

 で、別れることにするのです。
 そのときに、まだ読んでない本を残しておくよりも、
 いちど読んでよかった本のほうを、
 大事な思い出のように、お礼のように、
 とっておきたくなるものだったんですよね。
 このことを、いまごろ、ぼくは知りました。
 こうして本棚の本を減らしていくと、
 読んだ本ばかりが残っていくのかなぁ。
 それも、なんだかちょっと不思議な感じなんですが。


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1週間前のことっていうのは、ずっと昔のことのような気もするし、つい昨日のことのような気もする。

あれから一週間たっちゃったんだなあ。
ぜんぜん実感がわかないというか、わくわけがない。
この感情をどう整理して受け止めたらいいのか。
きっと、ずっと、モヤモヤと考え続けていくんだろう。
福井公演も武道館公演も会場全体からすごく伝わるものがあったんだけど、
それをどう説明したらいいのかわからない。

福井公演は後ろの方の席だったのでよく見えたのだが、
本編最後の曲で、有志が配ったサイリウムで
客席が徐々に黄色く染まっていく様子は見ていてゾクッとした。
そして、アンコールが終わり追い出しアナウンスを3回やっても
帰らないファンたち。
帰れないファンたち。
いつも思うんだけど、
ステージ上の彼女たちはもちろん素晴らしいのだけど、
その彼女たちを見守るファンにもグッとくる。
もちろんマナーが悪い不快な客もいるけど。

武道館という大きな舞台で彼女たちを見たとき
これだけ大勢のファンに見守られているさまを
まざまざと見せつけられたときは思わずグッと来てしまった。
斜め前にいた黄色いTシャツを着た女の子2人組は、
公演が終わったあともずっと泣きじゃくったまま立ち上がれず、
お互いに慰めあい、とても帰れそうな様子じゃなかった。
サイ祭を企画するまでもなく、会場は黄色だった。

デビューした時から彼女たちのことを見て来たようで
ぜんぜん何も見ていなかったのです。

通勤中のクルマの中で録音していたラジオを聴いていたら
ふいに「この愛をかさねて」という高橋さんと新垣さんが2人で歌う曲が流れてきて、
号泣してしまった。
電車やバスの通勤じゃなくてよかった。
なんだか彼女たちに申し訳ない気持ちでいっぱいになって泣いてしまった。
彼女たちが一番大変だったときに見ていてあげられなくってホントに申し訳なったなって。
よく意味が分からない感情だけど。

彼女たちと俺との関係の歴史を振り返るのは省略するとして。
そして、彼女たちと俺とのこれからの歴史はどうなるのか分からないけど、
ますます好きになったのは間違いない。応援したいというか。
グッズとかぜんぜん買わない、うれしくない客だけど。
サイケデリックな電子音を聴かなくても、ある種の意識の拡大がおこなわれたのだなあ。
憑きものが落ちたというか新たなものが憑いたというか。
ライブを観に行った後はたいていファミレスとかで呑んだりするんだけど、
30日の夜はぜんぜん呑みたいって思わなかったなあ。
もういっぱいいっぱいだったから。

まとまらないし、まとめようとも思わない。
ずっと、いろいろ想い続ける。

で、中1日で福岡へヤンさんを聴きに。
きっとね、遠くへ行くってことだけでも十分に「意識の拡大」は行われるんだと思う。

やってることは毎回同じことなんだけど、
あの電子音を全身で浴びたいんだよね。
会場に着いたとき、まだ誰もいなくて
整理券の配布まで、飯を食うには中途半端な時間だったので
そのまま待っていたら1番になってしまって某ラッパーさんには申し訳ないことをしたなあって思った。
彼は俺のことを「オマイツ」って認識しているのかなあ。
髪型を大幅に変えたので分からないと思うんだけど。
でも、トイレの出入り口で偶然すれ違ったとき、
「ご苦労様です」って声をかけられて、なんのことかと思ったけど、
不意のことだったので思わず口から出ちゃったのだろう。
ちなみにヤンさんから原発に関する話は無し。

で、初めて福岡まで行ったのに
なんの観光もせず、飯はファミレスやリンガーハットで長崎ちゃんぽんを食ったり、
土産の一つも買わずに朝イチの新幹線で帰って来たという
「俺って普通の奴らと違って、ちょっと変わっているんだぜ」アピール。
ホントに興味がないのと、ホントにカネがないのが理由。
またネカフェで泊まったし。

そりゃ、カネなくなるよなあ。
来年車検だけど、大丈夫かなあ。

そうやって数日間、家を空けていたもんだから、
録画されたテレビ番組がずいぶん溜ってしまった。
でも、ぜんぜんテレビを観る気がしないんだよね。
ダブルパンチの余韻がずっと続いているから。
1週間たってようやく少しずつ見られるようにはなってきたけど。
「おひさま」の最終週と「カーネーション」はまだ観ていない。
自動録画の設定もしているから観ないでいるとHDDがどんどん埋まってしまう。
録画はしたけど観なくていいかなっていうのはどんどん消去しちゃうし、
落ち着いてからじっくり観ようっていうのはBDに焼いたり。
何やってんだかなあって思ったりするけど、面白いテレビは確実にあるし。

福井県に行って、福岡県に行って。
そしたらもう、あそこに行くしかないじゃないか。

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個人的見解

誰かが死んだとき、
追悼tweetがTLに流れてくるわけですよ。
で、昨日なんかはもちろんSJの追悼tweetが大量に流れてきて、
今までのいろんな人の追悼tweetの中でも
かなり多かったんじゃないかと思う。
小松左京のときより多かったんじゃないか。
たまたま、俺がフォローしている人たちの中で、
アップル製品やSJに思い入れのある人が多かったのだろう。
それと、とりあえず誰かが死んだら
追悼tweetをしたくなっちゃう人もたくさん居るのだろう。

俺はサッカーに興味がないからそういう人をフォローしていないけど、
日本チームが出場するサッカーの世界的な大会のときは
TLはサッカーだらけになるし。

誰が死んだら俺は追悼tweetをするんだろうと考えた。
たぶん、しないと思う。
そういうことをすることの意味がよくわからないから。
それに、手塚治虫さんが亡くなったときから、
誰が死んでもさほどショックを受けなくなったし。
そうでもないけど。

多くの人がMacとの出会いや思い出を語っている中、
こういうことを書くのも気が引けるけど。

最初に自分で買ったパーソナルコンピュータはiMacでした。
あのおにぎりみたいな形の。
それを選んだ1番の理由は「カッコつけ」です。
あとは省スペースと。
まだ液晶モニタが一般的じゃなかったし。

使い始めた頃は特に問題はなかったけど、
だんだん、MacとWindowsで出来ることと出来ないことの差が大きくなってきて。
フリーウェアの数の差とか。
自分がやりたいことでMac非対応のものが多すぎたり。
マシンそのものの拡張性とか。

でまあ、けっこうな年数使った後、Windows機に乗り換えて思ったことは
「長いものに巻かれるのが一番」だということ。
iMacを選んでしまったことで、ずいぶんいろんなことに乗り遅れていたのだなあと実感した。
余程の「こだわり」と「覚悟」がない限り、
マイノリティなものには手を出さない方がいいということを学んだ。
一時期、輸入車に乗っていたときもそう思った。

そういうことです。

携帯音楽プレイヤーはいろいろあるけど、iPodを選んでとても満足している。
iPodで俺の生活はずいぶん変わった。
もう、iPodのない生活なんて耐えられない。気が狂う。
他の携帯音楽プレイヤーをいろいろ比べてiPodを選んだわけじゃない。
iPodが「長いもの」だったから迷わずiPodにした。
カーステにもつなげられるし。
決して使いやすいとは思わないけど、大きな不満もない。
iPodがすごいのはそのプレイヤー単体の良さではなく、
iTunesとかも含めた全体の仕組みがすごいんだけど、
俺はいまだにネット配信で音楽データを買ったことがない。
なんかまだ信用が出来ない。

iPhoneやiPadはまだよくわかりません。
過渡期?

hungry」でいることはとても疲れます。
foolish」でいることはとても不安です。
「本当にやりたいこと」を忘れようとしてきました。

でも、そういう自分がちょっとずつ変わっているような気がします。
そのきっかけはやっぱり、モーニング娘。さんとヤン富田さんなのです。
武道館での娘。と福岡でのヤンさんと。

周りがワヤワヤしているので終わり。
続きはいつか。

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